■mission 1-1■


 小鳥のさえずりと清々しい空気、雲ひとつない青空。
 朝のチャ・ザ神殿では礼拝を終えたばかりの頃合。
「んー、今日もいい天気だなぁ〜」
 まだどことなく少年の面影を残した青年が、伸びをしながら呟いた。
 彼の名前はナナセ。旅の途中で、アレクラスト大陸東方に位置する大国である『賢者の
王国』オランへ立ち寄ったのだ。また彼は、チャ・ザ神を信仰する神官でもあるために、
街の本神殿へと赴いていた。まぁ、朝の礼拝に参加すれば食事がタダという打算もあるが。

「きみ、失礼だが、いわゆる冒険者なのかな?」
 周囲に人気がないので、自分に声をかけられたのであろう……と思い振り返る。
 そこには司祭の装束を身に着けた若い男が、愛想の良い微笑を浮かべて立っていた。
 やや長めの褐色がかった金髪に深い青い瞳。細身の長身で、もてそうだなぁ〜と思う。
 一方、ナナセは目前の男性に身長では少し及ばないが、体格では勝る。自分が着られる
目一杯の強度と重さのチェインメイル、獲物はバスタードソードという重武装。どうみて
も一般市民のいでたちではない。
「ええ、そうですね。旅の途中で立ち寄らせていただきました」
 営業スマイルを浮かべて、ナナセは応じる。
「私はブリットといいます。一応、こちらの神殿で管理職をしている者でね」
 言われてみれば、礼拝を取り仕切る数人の中に姿を見たような気もする。
「先ほどの礼拝でお見掛けいたしましたね……ところで、何かご用でしょうか?」
「うん、依頼したいことがひとつあってね」
 ナナセの直感が『儲け話!』と告げる。自分のことを「冒険者」であるかを尋ねている
あたり、仕事の依頼かトラブルか……いずれにせよ、自分から探す前に仕事の方から来て
くれたようだ。この幸運も日頃の信心の賜物であろう。

 立ち話ではちょっと、ということで客室へ通されたナナセ。テーブルを挟んでブリット
とソファに向かい合いに腰掛けている。そのテーブルの上には革の袋がひとつ。
「……依頼というのはね、人を探してもらいたいんだ」
「人探し、ですか?」
「そうなんだ。実は、昨日から妹が家に帰っていなくてね」
「妹さんですか〜。おいくつなのですか?」
 別段、深い意味をもって聞いたわけではないのだが、ブリットは少々面食らったようだ。
「いくつ……年齢? ……16になったかな」
「んー、一晩くらい家に帰らなくても不思議ではないかも……」
 実際この世界ではもう成人とみなされる年齢である。まだ時間的にも昼前だから、その
うちひょっこり帰宅する可能性もあるのでは? と言ってみる。
「いや……我が家は門限が厳しくてね。そして、妹は一度も破ったことはない」
「じゃあ……ケンカしたとか、そういうことは?」
「仲はいいよ、そういった心当たりはまったくないんだがね」
 苦笑を浮かべながら、ブリットは腕を組んで続ける。
「もちろん、無断外泊をするような娘でもないし」
(……なんか年頃の娘をもつ父親みたいな発言だなぁ)と心の中で苦笑するナナセ。
「昨日の朝、出掛けたところまでの状況はわかっているんだ」
 説明によると、昨日の朝早くに弁当と簡単な手荷物だけ持って家を出たらしい。神殿へ
出向くため一緒に出たブリットは、街中で別れた。
「妹さんの様子はどんな風だったのですか?」
「うーん……何やら、凄いものを発見するかもしれない、なんてことは言っていたが」
「なんですか、その凄いものって?」
 するとまた、困ったように笑いながら、
「そうだなぁ……いつもそんなことを言っている娘だから、昨日もあまり気に留めてなく
てねぇ……話半分で流してしまったんだよ」
 なんとも頼りないブリットの答えである。
「ただね、おそらくは街の外れの遺跡に出掛けたのだろうと思う」
 お、それがわかっているのか……ナナセは有力情報がやっと出てきたので、だれかかっ
ていた気分を引き締める。
「街の外れに遺跡があるのですか?」
 アレクラスト大陸には、いまだ未発掘の古代カストゥール時代の遺跡が多数眠っている
とされている。まぁ、どこにあっても不思議ではない。
「遺跡といってもね、すでに発見されて久しく、今では調査も終わっている」
「じゃあなんでそんなところに、妹さんが行ったと?」
「あの遺跡は現在、『賢者の学院』が管理していてね」
 『賢者の学院』……誰もが知っている、大陸の、魔術師の総本山。
 また、賢者・学者たちの集う最高学府でもある。
「妹は学院生でね、その遺跡にはよく行っているみたいなんだよ」
 学院に通うということは、家はかなりの資産家であろう。学費はハンパなく高額である
のも、また一般的に常識で知られている。
「遠出をするとすれば、私にはそれくらいしか心当たりがなくてね」
「その遺跡はどこにあるのですか?」
「街を出て、東へ街道を2、3時間程度行ったところらしい」
 本当に近いようだ。ピクニック気分といったところか。ピクニック気分で遺跡に行くな
んて話は聞いたことないなぁ〜とは思うが。
 まぁ、それほど難しい話ではなさそうである。誘拐だ、失踪だなんて話だったら、ここ
までのんびりはしていないであろう。
「ときに、きみには旅の仲間はいるのかな?」
「いえ、今はひとりで旅をしていますので、特に仲間はいませんが」
 大きな街道の移動であれば、他の旅人などと一緒に移動できる。また、護衛を買って出
ても喜ばれる。チャ・ザ神のお導きか、幸運にも夜盗やモンスターの襲撃などに特に遭わ
ずに今のところ旅をしてこられた。
「そうか……ただ、できれば誰か協力者がいたほうが、より確実ではあるね」
「そうですねぇ、万全は期しておいたほうがいいですしね。ところで、依頼ということは
完了した際に報酬はいただけるのですか?」
 こういうところは、チャ・ザ信者である。直球ストレート。
「もちろん」
 相手も同門であるから、話は早い。へんに遠回りをしなくて済む。
「とりあえずの前依頼料として、こちらを」
 そう言うと、ブリットはテーブルの上の袋をナナセの方へ寄せる。
 口紐を解き中を検めてみると、宝石がいくつか入っている。ひとつ取り出して鑑定して
みる……見立てでは、ガメル銀貨にして400は下らないであろう。
「それをきみに託そう。返さなくていいからね」
 前金というわけらしい。
「そうだ……妹さんのこと教えてください」
「ああ、妹は名前をエミーナといってね」
 と言いながら、なにやら羊皮紙を束ねて作った帳面のような物の間に挟んでいた、手の
ひらサイズの紙をナナセに手渡す。頭の後ろ、高い位置で少し髪を結わいて流した金髪の、
気の強そうな目つきの美少女が描かれている。どうやらブリッツと似ていなくもないので、
これがエミーナという少女なのだろう。
 ナナセは肖像画を返すと、遺跡の場所を尋ねる。冒険者の宿のマスターであれば、たい
てい知っているであろうメジャーな場所であるということだ。現地で聞こう。

 こうして、旅の神官ナナセは、チャ・ザ神に幸運を感謝しながら、冒険者の宿へ向かう
のであった。



 −冒険者の宿『狸穴亭(まみあなてい)』−
 店の表には大きなタヌキの焼き物が飾ってある。これが店の名前の由来なのか、はたま
た主人がタヌキオヤジの風貌であるからなのか、その両方なのかは定かではない。
 オランにいくつかある冒険者たちが拠り所とする、ごく一般的な宿のひとつである。

 時間はそろそろ昼になろうという頃合。あと少しもすればランチ目当ての客で、少しは
賑やかになろうものだが……いまは微妙な時間帯で食堂は閑散としている。
 カウンターの端で、頭にターバンを巻いた青年が一人で静かに食事をしている。
 奥の方のテーブルでは、こちらも食事をとっている見目麗しいエルフの青年。
 少し離れたテーブルにいる二人の男は、「そろそろどうにかしないとなぁ〜」などと聞
き耳を立てなくても会話が聞こえるほどオープンに喋っている。当人たちは深刻そうだが、
周囲の者たちはあまり関心がないようである。
 別の隅のテーブルで、ハーフエルフの、ぱっと見た感じでは子供に見えなくもない小柄
な青年(?)がギターを取り出し、唐突に歌い出した。
 歌を生業として生計を立てている者がいるが、その中に魔法の力を持った歌――『呪歌』
と呼ばれるものを操る、バードと呼ばれる者達がいる。『呪歌』は冒険者の間ではよく知
られ、また恐れられているのだが、いま彼が歌い出したものにその効力はないようだ。
 腕前はといえば、絶賛するほど巧くはなく、かといって耳を塞ぐほどひどいというわけ
でもない……その場になんだか微妙な空気が漂った。本人は絶好調のようだが。
 一曲終えるとまた食堂は静けさを取り戻した。演奏に対する評価は……その場に居合わ
せた面子が悪いのもあるが、どうやらスルーされてしまったようだ。
(あれ? どこかミスったかなぁ……?)
 小首を傾げ、ギターを疑ってみる青年(?)。

 そこへ、ナナセが入ってきた。ここに昨晩から宿を取っているのである。
 カウンターの中からバイトとおぼしき女の子が「おかえりなさいませー」と元気に声を
かけたおかげで、店内は微妙な空気の呪縛から開放される。
「マスターは?」
「いま、買出しに行っちゃってるんです〜」
「そっか……誰か仕事を一緒にやってくれる人探したいんだけどなぁ」
 カウンターで軽食を注文し、受け取りながらそんな会話をする。
(仕事? 儲け話か? ……よっしゃ)
 やりとりを聞いていた、さきほどのハーフエルフの青年(?)がナナセに声をかける。
「そこの兄さん、よかったらその話を聞きたいんだけど〜」
 ナナセは声をかけられたので振り返ってみる。手招きされている。
 店に入った際、ちょっと違和感を感じた原因の張本人が彼であるとは露知らず、ナナセ
は食事を持ってそのテーブルへついた。
「へぇ、きみも歌うんだね」と、ナナセ。
「一応これで食い扶持も稼いでるからな〜」と、青年(?)。
 ……居合わせた者たちは、心の中でいろいろ突っ込んでいるようだが。
「俺はアーティっていうんだ。流しのバードさ」
「僕はナナセ。修行の旅の途中なんだ。僕も少しなら楽器が弾けるよ」
 ナナセの格好は朝と変わらず重武装、そしてチャ・ザのシンボルを胸から提げているの
で神官戦士であろうことは察しがつく。楽器は、今は部屋に置いてあるので持っていない。
 どうやら共通項があったおかげで、すぐに打ち解けたようである。
 アーティはナナセの皿からひょいっと芋の煮物をつまむと、口へ放り込む。
 別に気にした風もなく、ナナセは話し始めた。
「仕事っていうのは、人探しなんだけどね」
「ひほはあひ?」
 思いのほか熱かった芋に苦戦しながら聞き返す。
 すると、カウンターに座っていた青年がナナセたちのテーブルへと近寄る。
「私も、混ぜてもらっていいでしょうか?」
 整った顔立ちの青年。黒髪の頭にターバンをぐるぐると巻いて、ちょっと怪しい雰囲気
もあるが……帽子の代わりかな〜とのんきにナナセはその青年を見上げた。その隙にまた
皿から芋をくすねながら、自分と同じくらいの年かねぇとアーティは検分する。アーティ
は見た目こそ140センチ程度と身長が低いものの、ナナセよりは年上だったりする。だが、
ナナセといい今目の前にいる青年といい、身長は170センチ程はあるので、混じってしまう
と子供に見えなくもない。
「うん、いいよ〜。手伝ってくれんの?」
「ご迷惑でなければ……あ、私はフデラ、っていいます」
 空いている椅子に座りながら、控えめな感じに自己紹介をする。
「きみも旅してるの?」
「はい、私も神に……マーファに仕える身なんです」
 ナナセと信奉する神は違えど、立場的には同じようなものである。
「天啓に従って旅を続けているんです」
 とても真面目な顔をして語るので、ナナセもアーティもちょっと居住まいを正す。
「……う、うん。もしかしたらマーファも手伝ってくれるかな〜」
「ところで、依頼の内容は人探しだけなのか? 誰からの依頼なんだ?」
 アーティが先を促す。
「依頼主はイケメンのうちの司祭様で、探すのは妹さんだって。肖像画を見せてもらった
けどなかなか美少女だったなー」
「肖像画なんて何割増しかわかんないぜ?」
「兄貴がイイ線いってるから大丈夫さ、きっと☆」
 なんだか軽いノリに口を挟みづらく、フデラは黙らざるを得ない。
「ふぅ〜ん……まぁいいけどな。貰えるもんさえ貰えりゃ。報酬は?」
「うん、これが前報酬だって」
 ナナセは例の革袋をテーブルの上に置く。アーティはそれを手に取り中を見る。
(宝石か)
 その中から2つを取り出し、ひとつをつまんでいるように見せながら……もうひとつは
袖の中へ滑り込ませる……完璧だぜ!
「あ」
 閑散とした食堂に、その声はよく通った。
 奥のテーブルにいたエルフの青年が発したようで、視線が集まる。
「……何か?」
 アーティは少し不安になりつつ、尋ねてみる。
「いえ、今何か落とされたようでしたから」
 うっすらと微笑を浮かべ、でも目があまり笑っていないようにも見えて……アーティは
自分の行為が見破られたと直感で悟る。あわてて、袖の宝石を床へ落とす。
「あー、本当だ。いやー、さんきゅー」
 変な汗をかきながら、床に落ちた宝石を拾い上げると袋に戻す。
 疑わしげな目をしてナナセとフデラが見ている……気がする。
「いくつ入ってるんだろ?」
 ナナセはそう言うと、テーブルの上に袋の中身を出してみた。
「数えてないのか?」
「うん、忘れてたよ」
(ちっ……あのエルフさえ余計なことしなけりゃ〜)
 普段ならそうそう失敗はしない腕前を自負しているが、それを見破るとは偶然とは思え
ない。同業者だろうな、とあたりをつける。
 さておき、宝石も気になるところで、各々が勝手に品定めを始める。
 だいたい400〜500ガメルくらいで換金できるのではないか? と思われる宝石が、全部
で10個。5000ガメル程度にはなるらしい……前金としては大判振る舞いな気もする。
「おいおい、結構な額じゃねぇか……実は危険な仕事なんじゃないのか?」
 アーティが言うのも、もっともである。
「そうでもないよ。街から数時間のところにある遺跡に行くだけだし」
「遺跡? じゅうぶん危険じゃないですか?」
 フデラも不安そうにナナセに問う。
「いや、なんか賢者の学院が管理してる遺跡なんだってさー」
「あんたら、『外れの遺跡』へ行くのか?」
 離れたテーブルで酒を飲んでいた男2人のうちひとり、なんだかあまりやる気の感じら
れない目をして、どことなく胡散臭げな、メガネをかけた方が愛想よく話しかけてきた。
もうひとりは、こちらはナナセよりも体格がよく、顔立ちが厳つい男で、静かに酒を飲ん
でいる。ぱっと見た限りではなんとも不自然な組み合わせだ。
 アーティとフデラはやや警戒気味だが、ナナセはそんな空気もお構いなしである。
「もしかして場所とか知ってるの?」
「もちろん知ってるぜ。俺たちもよく行く場所だしなぁ」
 といって、傍らの男の肩をたたく。たたかれた方は「ああ」と短く相槌をうつ。
「こう見えても、俺たち学院の生徒なんだぜ」
 といったメガネの男は、ナナセからみればだいぶ年上に見える。
「へぇ、じゃあどんな場所か良く知ってるんだよね?」
「ああ。なんなら案内してやってもいい」
 アーティとしては、自分の取り分が目減りするのはいただけないところである……が、
今回の話はナナセが依頼されたものだから、彼が是、と言えば従わざるを得ない。
「知ってる人がいるなら話は早いや。お願いしてもいいですか?」
 メガネの男はスカーラ、もう一人はヴォルグと名乗った。
 離れて会話もなんだから、ということで2人も同じテーブルにつくことにする。
「しかし、あんな何もないところに何しに行くんだ? 人探しとか言ってたな」
「そうなんですよ〜。エミーナっていうかわいこちゃんを探しに行くんです」
「エミーナって……エミーナ・レイアードのことか?」
 スカーラは知った名前が出てきたので、少々驚いた。
「うん、たぶん。フルネームは聞かなかったなぁ……」
「誰から依頼されたって?」
「チャ・ザ神殿の司祭様だよ。ブリットさんていう」
 そこで今度は、ヴォルグの方が思い当たった風に口を挟む。
「なるほど……レイアードのところの。なら間違いないな、そこの娘さんだね」
 とっつきにくそうな外見だが、意外と口を開くと人が良さそうな感じである。
 スカーラは、エミーナと学院内で何度か顔を合わせたことがあるという。ならば本人が
わかるということで人間違いで依頼失敗……というヘマは回避できる。
「なんだか簡単に終わりそうだね〜」
 ナナセが能天気に言う。
「だが……ウラはとっておいた方がいいな。まだ時間も早いし、少し情報収集するか」
 と、スカーラが立ち上がる。
「人探しったって、帰りが遅いだけなのか、事故なのか、事件なのか、それとも家出なの
か……いろいろ考えれば可能性が出てくるってもんだろ」
 言われてみれば確かにそうだね〜とナナセ。
「行くにしても、遺跡に入るとなれば申請が必要だしな……俺たちは学院へ行くか」
「じゃあ、こっちは家の方当たってみます」
 ナナセ、フデラ、アーティの三人組はレイアードの家、スカーラとヴォルグは学院へと
情報収集のため、宿を後にした。この場へ再集合ということになっている。

 彼らが出て行った後、ひとり残っていたエルフの青年もまた、宿を出た。



 昼時を迎えたオランの街。人の往来も活発である。
 エルフの青年はそんな中央の通りから人気のない通り――通称「常闇通り」と呼ばれる
区画――へ歩いていく。その一角、とある建物の中へと躊躇なく入る。
 部屋の中には、あまり役にたたなそうなガラクタ類が無造作に置かれている。端のほう
にあるテーブルで、うさん臭い初老の男が煙草をくゆらせながら、入ってきた青年をちら、
と一瞥する。
「押し売りなら間にあっとるよ」
「ええ。ところで『闇夜の訪問者』は?」
 青年の言葉に老人はにやりと笑うと立ち上がった。

 いわゆる裏社会を取り仕切る「盗賊ギルド」と呼ばれる組織。一般人にはまず知られて
いないそのアジトをエルフの青年は訪れていた。先の初老の男はギルドの連絡員で、彼に
案内されてやってきたわけである。
 冒険者にとって「盗賊ギルド」は、情報を金で売買出来る場所としても有効活用されて
いる。ただし、ギルドに所属している……上納金を支払っている者には、であるが。また、
話を通さずに仕事をして目をつけられては“制裁”の二文字をもって排除される。
 そのためにも、まずは情報が入っているかを確認しにきたのである。
 青年は名をアーカロ、と名乗りつい先ほど『狸穴亭』で聞いた話をギルドの相談役とい
う男に聞いてみる。ここはギルドのとある一室。
「昨日からレイアードという家の娘さんが、帰宅していないという話を聞いたのだが」
「うん? レイアードっちゃぁオランでもそこそこだよなぁ」
 単刀直入に切り出してみたが、相談役はあまり興味がないような態度である。アーカロ
は少しの銀貨を、相談役に握らせる。
「何か情報はないかな? 探しに行く羽目になりそうなんだ」
「うーん、そうだなぁ〜」
 ちゃっかり、銀貨を懐に仕舞いながら、相談役はもったいぶっている風に話す。
「少なくともこの件に関しては、こっちは絡んでないんでね……もし誘拐だ恐喝だなんて
話になるんだったら、見過ごせねぇなぁ」
「何か、手がかりになるような情報はないのかな?」
「さぁて……まだそういった有用な情報はねぇかな。お前さん、もしこの件でいいネタを
掴んだら早めに流してくれよ」
 どうやらこれ以上ねばっても、たいした情報はなさそうだ。
 そうあたりをつけたアーカロは、また『狸穴亭』へと戻って行った。



 オランといえば、王城『エイトサークル城』よりも、むしろ『賢者の学院』の方が有名
かもしれない。アレクラスト大陸中の魔術師ギルドは、この学院を模して作られている、
とも言われている。黒い大理石造りで、その外観から『三角塔』とも呼ばれる。
 その内部。昼時であるがためか、建物内に人影はまばらである。
 そこへ、スカーラとヴォルグがやってきた。スカーラの記憶によれば、エミーナは古代
王国の遺失魔法を研究するグループに所属していたはずである。
 その研究室へと行ってみる。
「あー、エミーナ・レイアードさんはいるかな?」
「エミーナなら今日は休みよ。体調が悪いんですって」
 スカーラが部屋にいた学生に声をかけると、そんな答えが返ってきた。ヴォルグと顔を
見合わせる。
「やっぱり来ていないようだな」ヴォルグが呟く。
「よし、とりあえず遺跡の出入り申請もあるしそっち当たってみよう」
 今回話に出ている通称『外れの遺跡』とは、オランの街から東へ3時間程の距離にある
もので、数年前に発見されたが規模も小さく危険度も低く、いまでは調査が終わり学院の
管理下にあって学生たちの実習場などに利用されている。利用申請も比較的簡単にできる
ので、エミーナがそこへ向かったというのも別段不思議はない。だが、近いとはいえ一人
で行くとも考えにくい。
 管理をしている導師に、最近の利用者を尋ねてみる。
「そうねぇ、一昨日にべレット・ランダーが利用申請を出しているわね」
 それによると、べレットの他に、エミーナ・レイアード、アスカ・グランネル、ラグレ
イス・ティロスと4名で利用の申請が出ているらしい。
 そもそも、学院は入学費および授業費が半端なく高い。およそ一般市民が自腹で通える
ようなものではないのである。必然、貴族などの家柄身分のある者、富豪・資産家などの
お金持ちの子女……などが嗜みとして通う。ただし、学生全員がいわゆる「魔法」を操れ
るということではない。こればかりは「素質」を備えていなければ、いくら学習したとこ
ろでほいほいと覚えられるものではないのである。そういった「素質」を兼ね備えた者は
また学院内でも別格である。金銭的に余裕がない場合でもその「素質」が見出されて基準
に合格すれば、特別待遇で学院生となることもできる。
 ちなみにヴォルグの実家も、ここオランの商家である。全員男の4人兄弟のうち、長兄
は実家を継ぎ、次兄は賢者の学院在籍、弟は別の商家へ婿入りをしているという由緒正し
い家柄である。
 一方、スカーラはいわゆる特待生枠を使って学院へ通っている。勉強は一応、真面目に
やっている甲斐があり、魔術の腕も知識もそのへんの道楽学生よりは上である。ただし、
年齢も結構いっているのは否めないが。
 実のところ、ヴォルグは魔術よりも体を鍛えるほうに興味がある。学院へ入学したもの
の、一般的な勉学以外の時間はもっぱら剣技や体術などといった訓練へ充てている。体格
にも恵まれており、見た目で判断するならおよそ学者、魔術師とは程遠い。
 そしてスカーラとヴォルグは年齢も近く、お互いスカしていないところで気が合って、
なにかとつるんでいる。
 話を戻すと、そういう前提で、遺跡へ行ったと思われる4人組も坊ちゃん嬢ちゃんたち
である。エミーナは古物商レイアード家の、べレットはランダー男爵家の、アスカは学者
の家系グランネル家の、といった具合である。なお、ラグレイスはアスカの従兄弟であり、
グランネル家に下宿をして通っている――というところまで調べはついた。
 全員の素性もはっきりしており、学院も正規の手続きで遺跡の利用を許可している。
 ここには事件性はないな……と踏んで、スカーラはランダーの屋敷へ行こうと提案する。
「先にひとりで帰ってるとは考えにくいが、逆に不在なら4人で遭難しているってことも
考えられるし……」
 メガネのフレームがきらり、と光る。
(うまく立ち回れば報酬二重取り、なんてことも可能だぜ)
 そんな皮算用をしつつ、遺跡の利用申請を出し、そのまま貴族の屋敷が立ち並ぶ区画へ
と足を運ぶことにした。

 男爵家の屋敷入り口で融通の利かない門番と多少もめたものの、スカーラの駆け引きに
より屋敷へ通された2人は、夫人、つまりべレットの母親と直接話す機会を得た。
 それによれば、やはり昨日から帰っていないこと、たいした荷物は持って出ていないこ
となどなど、エミーナと状況は似たり寄ったりであることが判明した。
 何よりも体面を気にする身分の方々である。ここは外部に漏れる前に、迅速にご子息を
探して連れ帰りましょう――と意味ありげに言い残し、宿へ戻ることにした。



 ナナセ、フデラ、アーティの3人組はレイアード古物店を探して街を歩いていたが、た
いして迷うこともなく店を発見できた。
 大きな建物の一角、目を引く観音開きの扉が開いている。営業しているようではあるが、
店内はさすがに薄暗くて外からではよくわからない。
「へー、きれいな扉だねぇ」
 ナナセが入り口の扉を見ながら感心する。姿が映るくらいに磨き上げられた、白い金属
でできたそれには鳥やツタの彫り物が施され、木の実や鳥の目玉などには小さいものだが
どうやら本物の宝石が色とりどりに使われている。
 アーティは、食い入るようにその扉を見ている――こいつは凄いお宝だ!
 扉は売れば数万ガメルは下るまい……だが外して持ち出すわけにはいかないし、そもそ
も無理だ。ならば宝石だけでも外れないかと爪でひっかいてみる……が、気づいたフデラ
にたしなめられた。
 一同は店内へと入る……雑多な感じだがセンス良く、いろいろなものが並べられている。
 薄暗い店内はカンテラと、おそらくライトの魔法と思われる明かりが、足元が危なくな
い程度には周囲を照らしている。大きな素焼きの壷、木彫りの動物像、不思議な柄のタペ
ストリーなどなど……素人にはまったく価値がわからないような物品も数多くある。
 また、高価そうな品物は店の奥にガラスでできたケースがあり、そこに格納されている
ようである。武器なども見える。
 店内にはエプロンをつけた若い男性がひとり、ナナセたちが入ってきたときにちらっと
顔を向けて「いらっしゃいませー」と言ったきり気にもせずに、手元の何かを一生懸命に
見ている。他に客はいない。
「あのー、すいません。ご主人は」
 ナナセが男に声をかけると、「出掛けてらっしゃいます」と返事。
「お客に対する態度としてはどうかと思いますね……」
「うーん、バイト君みたいだしねぇ」
 フデラとナナセがそんな会話をしても、聞こえていなさげな男性=バイト君。 
 アーティは彼が何を見ているのか気になって、近寄って覗いてみた。羊皮紙に何か文字
みたいなものが書かれているが、アーティには読めない。他の二人も見てみるが、結局こ
の場にいる者は誰も読めなかった。同じようなものが数枚ある。どうやら商品のようだ。
「緊急でご主人とお話したいのですけれど」
「はぁ……もうすぐ戻られると思います」
「他に、ご家族の方は誰かいないんですか?」
 どうやら店の上の階が自宅になっているということで、ここからでは大声で呼ぶしかな
い。先に自宅を訪ねればよかったのでは……とは後で気づいたことだが。
「ブリットさんは帰っていないのですか?」
「若旦那ですか? まだ神殿だと思いますよ」
 さてどうしたものかと悩んでいると、またひとり店舗へと誰かが入ってきた。
 褐色の髪を短めに刈った、背の高い、知的な感じの壮年男性……おそらく主人であろう
ことは誰が見てもわかる。はたして、バイト君曰く「お帰りなさいませ、旦那様」
「ああ。……いらっしゃいませ。どうぞゆっくりご覧ください」
 店内にいたナナセたちには愛想よい感じで会釈をして、そのまま奥へ行こうとする……
ところを、ナナセが引き止めた。
「あ、すみません。エミーナさんのお父様ですか?」
 突然、名前を出されて少々驚いた風に振り返る。
「娘とお知り合いですかな?」
「あー、いえ。お兄様と面識があります」
 ナナセが首から提げた聖印を見て、納得したような顔になる主人。
「ああ、君もチャ・ザの……」
「ナナセっていいます。修行の旅をしています」
「そうか……ところでナナセ君、エミーナに何か用かな?」
「帰ってこない、って聞いたのですけれど」
 核心ど真ん中発言。探りをいれようとか、そういう気はないらしい。
「ブリットさんから探してほしいと依頼されたんです」
「ブリットが? ふむ……」
 ナナセたちはエミーナの昨日の行動などについて聞いてみる。だが、ブリットから聞い
たものと内容はあまり変わらない。それに、主人にそれほど焦った様子はない。
 女の子が一人でそんな場所へ行くとは考えにくいので、誰と一緒に行ったのか心当たり
があるかを聞いてみたが、ここでは特定できなかった。
「やっぱり『外れの遺跡』っていうところに行ったのは間違いなさそうですね」
「そうだねぇ。行っちゃったほうが早そうだね」
 フデラとナナセは顔を見合わせる。アーティは話には耳半分で、商品を物色している。
 これ以上情報収集をしても新ネタは出なさそうだ。
「君たち、これからその遺跡へ行くのかね」
「はい、そのつもりですが」
「そうか……では、申し訳ないがうちのじゃじゃ馬を見付けたらよろしく頼むよ」
「任せてください!」
 営業スマイル全開で、ナナセが応じる。
 それから3人も『狸穴亭』へ戻ることにした。



 タイミング的に一番早く戻っていたのはアーカロであった。
 店内は昼食時も過ぎて落ち着いている。バイトとおぼしき女の子がアーカロのテーブル
にハーブティを運んでくる……エルフ種族というのは容姿端麗である。冒険者として街に
出てくる者もそれほど珍しくはなくなったが、まだまだメジャーではない。バイトの彼女
がうっかり見惚れてしまっても仕方あるまい。
「……これは?」
 実は注文していない。
「さ、サービスですっ」
 やや裏返った声でそう言うと、逃げるように店の奥へ引っ込んでしまった。
 アーカロは苦笑すると、テーブルに置かれたカップを手に取る。レモンの香りが漂って、
気持ちが落ち着く……そういえば妹もハーブティが好きだったな。
 しばらくお茶の時間を愉しんでいると、ナナセたち3人組が帰ってきた。
 アーティは、店にまだあのエルフがいることに気付き、気まずくなる。
 ナナセは店を見回して、スカーラとヴォルグを探す……が、まだ戻っていないようだ。
 と、アーカロが優雅にお茶を飲んでいる姿を見付ける。
「あ、エルフの兄さん。まだ居たんだね〜」
 きさくに声をかけ、近くの椅子へ座る……フデラとアーティはそれぞれの思惑があり、
少し離れた席に座った。
「本当に、エルフってみんな綺麗だよね〜。この前会ったエルフの女の子も美人さんだっ
たしなぁ」
 その言葉を聞いて、アーカロの顔色が変わる。
「……どんな娘でした? そのエルフの女性は」
 いまにも詰め寄らんほどの気迫に、ナナセは思わず椅子ごと後ずさる。
「どんな……うーん、耳が長くて髪が長くて綺麗な〜」
 正直すれ違った程度である。エルフ族の見分けをつけろと言われても難しいと思う……
まぁエルフに限らず、他の種族もだけれど。
 アーカロはナナセの困った顔を見て、我に返ると咳払いをひとつつく。
「……取り乱してすみません。実は私も妹を探しているんです」
「へぇ、なんか人探し多いなぁ」
「そういえば、そちらも確か仕事で人探しをするとか?」
 ナナセはそうそう、と言って営業スマイル。
「ところで、精霊の力を借りれるんだよね、エルフ族って?」
「ええ、まぁ」
「じゃあさ、妹さん一緒に探してあげるから、こっちの人探しも手伝ってくれないかな?」
「え?」「は?」「ちょ……」
 三者三様の反応。
「……おま、マジで?」
 アーティは抗議じみた声を上げるが、ナナセは「うん」と満足げである。
「私は構いませんが……そちらのおふた方が微妙そうですが」
「あー、気にしなくていいよ。手癖悪いのは僕が鉄拳制裁で」
 にっこり笑ってグー。思い出した、チャ・ザの教義って盗み禁止だったっけ。
 アーティはやや青ざめて、ナナセが見ている前ではいろいろ控えようと心に誓う。
 一方、フデラは困惑気味な表情である。
「僕も……構わないのですが、その、いいんでしょうか」
 アーカロはふと思い当たる。
「私も旅に出て、見聞を広めているところですから……つまらない偏見は捨てているつも
りです。そちらのバードの方はまったく気にされていないようですしね」
 別の意味では気にしていらっしゃいますが、とは心の中で呟くが。
 ナナセとアーティはフデラを見て「何が?」という顔をしている。
「……実は僕も、ハーフエルフなので迷惑かなぁ……とか……」
 語尾が弱々しい……が、ハーフエルフといえば人間とエルフの混血であり、両種族から
あまり歓迎されない存在である。特に、エルフ族からは忌み嫌われていると言っても過言
ではない、というのが一般的だ。
「あー、だからその帽子」
「……帽子とちゃうがな」
 どうやら、ボケとツッコミで息が合ってきたようなナナセとアーティ。
「へぇ、でも気付かなかったなー。アーティ、ハーフエルフだったんだ」
「俺かい!」
 いや、どう見てもグラスランナーではないだろう……と皆は思う。
「まぁ冗談はさておき。僕はナナセ、こっちはアーティでそっちがフデラ」
「私はアーカロといいます。では、少しの間お手伝いさせていただきますよ」
 うん、よろしくね〜とナナセが強引にまとめる。
(マーファよ、これがあなたの示した道なのでしょうか)
 信仰する神――大地母神とも言われるマーファ神――から旅に出る啓示を与えられたた
めに、それに従いここまでやってきたのである。が。
(さすがは神の試練……前途多難な気が……どうしよう)
 なんだか一抹どころかものすごく不安を感じるフデラであった。



 4人が昼食を食べ終えるくらいの時間が過ぎて、貴族屋敷街まで出掛けていた2人組、
スカーラとヴォルグが『狸穴亭』へ戻ってきた。
 ナナセ、アーティ、フデラと朝も見たエルフが同じテーブルでまったりしている。
「あー、おかえりー。どうだった?」
 ナナセが気付いて声をかける。
「なんだ? エルフの兄さんも参加?」
「成り行きでご一緒させていただくことになりました」
 スカーラは注文したジョッキのエールが運ばれてくるや、半分くらいを一気に飲み干す。
「……プファー。やっぱ一仕事あとの酒は旨いねぇ」
「まだ始まっておらんよ」
 と言いつつ、一緒にヴォルグも飲んでいたりするのであるが。
 どうやらこれでにわかパーティーの出来上がりのようであった。ナナセが確認する。
 男、男、男、男、男、男。
 むさい……と思いきや。エルフ、ハーフエルフと実は外見的に(半分が)美形の集団な
のでそれほど気にならない……かもしれない。無理か。
「ん〜、僕としては女の子がいないのがちょっと不満だけど……まいっか☆」
 お互い名乗り、得た情報を整理する。ただしスカーラは、エミーナと一緒に動いている
であろう者たちの名前などは話したが、べレットの屋敷まで行った事は伏せていた。
 アーカロは盗賊ギルドには、まだたいした情報はなかったことを伝える。
 結局、あまり時間が経って手遅れになってもまずいであろうということで、日が暮れる
前に着くように、一同はぞろぞろとオランの街を後にした。

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